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大阪高等裁判所 昭和60年(行コ)24号 判決

京都市山科区大宅関生町三二番地

関生ハイツ三〇一号

控訴人

祢次金孝子

右訴訟代理人弁護士

高田良繭

右訴訟復代理人弁護士

佐藤克昭

京都市東山区馬町通東大路西入新シ町

被控訴人

東山税務署長

伴恒治

右指定代理人

森本翔充

川野善朗

吉川一三

片岡英明

堀茂仁

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「1 原判決を取消す。2 被控訴人が控訴人に対し、昭和五七年三月一〇日付でそれぞれなした控訴人の昭和五三年分の所得税の総所得金額を二七九万八一二二円、昭和五四年分の所得税の総所得金額を二七九万七一九一円及び昭和五五年分の所得税の総所得金額を三一八万四三二五円と更正した各処分のうち、昭和五三年分につき一二五万円、昭和五四年分につき一三二万一三六〇円、昭和五五年分につき一三六万二二〇〇〇円をそれぞれ超える部分を取消す。3 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

(控訴人)

二  当事者双方の主張関係は次に付加するほか原判決事実摘示のとおり(但し、原判決四枚目表二行目の「をえた」の次に「(以下、右事業者を「本件同業者」という。)を挿入し、九枚目裏八行目の「同業者と」を「控訴人と同業者との」と改める。)であるからこれを引用する。

1  控訴人と本件同業者とは業態の類似性がないから被控訴人主張の推計には合理性がない。

被控訴人の本件同業者の選定基準の一つは、同業者はスナツク又はスタンドバーを営んでいるものであるというのであるから、本件同業者はスナツク業者であると思料されるところ、ミニ・クラブを営む控訴人とは業態を異にする。

スナツクとミニ・クラブ(クラブの小型)との相違は、スナツクはカウンター中心で、ホステスがカウンター外で接客しないのに対し、クラブ(ミニ・クラブを含む)はボツクス中心でホステスがカウンター外で客のそばについて接客をすること、スナツクはテーブルチヤージ、サービス料を取らないのに対し、クラブはこれを取ること、スナツクはビール、ウイスキー代金が比較的安く、酒をいくら飲み、いくら食べたかによつて飲食代金が決定されるのに対し、クラブは何時間いたか、何人一緒であつたか、ホステスが何人接客したかによつて代金が決められること等であり、その業態が全く異なり、両者に類似性がないという認識が一般に定着している。従つて、スナツクとクラブではその業態の差から売上金額、仕入金額、雇人費の割合も異なる。

また、本件同業者中に控訴人とおなじようなミニ・クラブの営業者が含まれているとしてもその者が誰であるか不明であり、業態の異なるミニ・クラブとスナツクの業者について単純に平均して所得率を算出するのは不当である。

2  控訴人には次のような特殊事情があり、これを無視した被控訴人主張の推計には合理性がない。

控訴人は店の経営者であるところ、昭和五四年三月二日出産(新生児は三日後に死亡)し、そのため昭和五三年夏過ぎから昭和五四年九月頃まで全く店に出ず、さらに昭和五五年六月二〇日出産し、そのため同年一月から同年一〇月まで店に出なかつた。

ミニ・クラブでは店の経営者が店を休むとおのずと客が減少し、客じ減少するからといつて休業すると客が全く離れてしまうことになるので、控訴人は営業を続けていたものの本件係争年中殆ど店に出ることができず、通常の収入が得られなかつた。

(被控訴人)

1  控訴人は、控訴人の事業がミニ・クラブであるとして、控訴人と本件同業者とは類似性がない旨主張するが、控訴人の事業がミニ・クラブであると判断し得る具体的事実はなく、むしろ控訴人の事業の営業時間は、クラブの午後一一時までと異なり午前二時までであり、また焼きそば、うどん等の軽食類を提供しているのであるから、スナツクとしての典型的な実態を有するものである。

2  仮に、控訴人の事業の実態がミニ・クラブであるとしても被控訴人主張の推計の合理性は否定できない。スナツクやクラブの如く売上の決済が現金主体で、かつ売上先が小口、多数で「一見客」もあり、その上夜間の商売という事業にあつては売上や業態のは握は困難であるところ、控訴人のように終始税務調査に非協力的な者に対しては何らかの方法でその所得金額を推計せざるを得ない。

そこで被控訴人は、控訴人については確認可能な酒類の仕入額を推計の基礎とし、同業者が有する様々な営業上の特殊要素を多数者の中の平均値の中に解消させるために、広くスナツク一般の同業者を対象としてその平均で推計することにより、個別的要素は平均値の中に包摂させるという方法をとつたのである。

3  本件同業者の酒類の仕入金額と所得金額との関係は次のとおりであり、控訴人の事業が控訴人の主張の如きものであるとすれば、非控訴人の推計方法は控訴人にとつて有利でこそあれ決して不利なものではない。

別表二の一ないし三のA乃至Pの本件同業者について、飲酒料割合よりも雰囲気(ホステスのサービス等)料収入のウエイトの高いと認められる者すなわち売上金額に対する酒類の売上金額の割合(以下「酒類仕入率」という。)の低い者から順に一番から六番までを順に二名ごとに区分し、その区分に対応する酒類仕入金額に対する所得金額の割合(以下「所得の酒類仕入倍数」という。別表二の一ないし三参照)を示すと別表一のとおりとなる。そして、それによれば酒類仕入率の低い同業者ほど所得の酒類仕入倍数の高いこと、すなわち酒類の対価としての収入よりも雰囲気料収入のウエイトの高い同業者ほど酒類仕入金額に対する利益(所得)の倍率が高いことを示している。

そこで、控訴人の事業がホステスのサービス等による付加価値の高いもの(従業員数が八ないし九名で多額の人件費を要する。)とすれば、控訴人の事業は本件同業者のうち最も酒類仕入率が低く、かつ特別経費(人件費)が多額である部類に属することとなり、これらの同業者の所得の酒類仕入倍数は本件同業者の右倍数平均値を大きく上回つている(別表一、二の一ないし三参照)。

ちなみに、控訴人主張の控訴人の事業形態を前提として、本件同業者のうちボツクス関の利用を主とし、従業員数が、年間を通じ平均六名以上のものであるE、F、Jの各平均値(但し、昭和五五年分はE、Jのみ)により控訴人の本件係争年分の所得金額を算出すると別表三のとおりとなり、被控訴の主張額を上回る。

したがつて、控訴人が主張するその事業の特殊性なるものを考慮するときは、控訴人の所得金額は被控訴人の主張金額よりもさらに多額となる。

なお、控訴人は、スナツク形式の営業よりもクラブ形式の営業の方が有利であるとしてその事業を行つていることからも広くスナツク一般の同業者の平均でなした推計方法は控訴人にとつて有利なことが首肯できる。

4  仮に、本件同業者の平均でなす推計の方法が合理性を欠くと判断される場合には、被控訴人は予備的に控訴人の本件係争年分の所得金額を次のとおり主張する。

控訴人の本件係争年分の所得金額は、別表二の一ないし三記載の同業者のうち昭和五三、五四年分についてはE、F、Jを、昭和五五年分についてはE、Jをそれぞれ適用同業者とし、その各平均率を用いて算出すると、別表三記載のとおり、昭和五三年分が四六六万五八九八円、昭和五四年分が四二七万七三四七円、昭和五五年分が三九三万〇二五七円となる。

したがつて、この範囲内でなした本件各更正処分はいずれも適法であり、また本件各更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

5  控訴人は、本件係争年当時控訴人には出産という特殊事情があつた旨主張するが、そのようなことがあつたとしても、そのことは被控訴人主張の推計には折込み済みである。すなわち、被控訴人は酒類の仕入金額から売上金額を推計しているのであるから、客入りの減少は当然に酒類の仕入金額の減少となつている筈であり、売上金額も右減少程度に応じた推計となつている。

ちなみに、控訴人の出産に関係のある本件係争年分の酒類の仕入金額は約一五九万から約一七〇万円であるの対し、出産に関係のない昭和五六年分の酒類の仕入金額は二三七万一九五〇円であり、酒類の値上り分をみても相当増加している。

また、控訴人の主張によればホステスの半数はアルバイトであるというのであるから客入りの状況に応じて員数を調整することが十分可能であつたとみられるので、控訴人が長期間店に出なかつたために客数が減つたとしてもそのために多額の人件費を要したとは考えられない。

なお、控訴人の出産が、仕入れ以外に多少の影響があるとしても控訴人は、人件費等について具体的な主張、立証をしないうえ、本件同業者は多数で、かつ普遍的なものであるから平均に包摂されており、捨象されている。

三  証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における証拠目録記載のとおりであるから右影響は同業者間に通常存在する程度の差異として同業者のこれを引用する。

理由

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がなく棄却すべきものと判断するが、その理由は原判決一二枚目表末行から一六枚目表三行目までを次のとおり改めるほか、原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。

(二) そこで、本件同業者と控訴人との類似性について検討する。

原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証(特に野村喜久枝の本人調書部分)、成立に争いのない乙第七号証、原審及び当審における控訴本人の尋問の結果によると、控訴人の事業形態は、本件係争年を通じて従業員はホステス七名位(うちアルバイトは三ないし五名)、チーフ及びマネージヤー各一名(男)で平均八、九名であり、店舗は面積約九坪余りで、カウンターに五席あり、テーブル四台、各テーブルにいすが四脚位ずつ備えており(客数一五、六名で満席になる。)、営業内容は酒類、つまみもののほか焼そば、うどん等の軽食を出し、ホステスが客の横に座つてサービスし、スタンド・バー形式ものものより代金を高くとり(席料、サービス料が加わる。)、午後七時半から午前二時まで営業していたもので、いわゆるクラブに近い形態のものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

本件同業者は前記認定のとおり、スナツクまたはスタンド・バーを営む者の中から被控訴人主張の条件に該当する者を抽出したものであるところ、前記2(1)認定の事実に、前記甲第一号証、乙第七号証、等審証人片岡英明の証言により真正に成立したものと認められる乙第八ないし第一〇号証、同証人の証言並びに原審及び当審における控訴本人の尋問の結果によると、一般にスナツクと称して営業している者の中には少数の従業員がカウンター内からカウンター席の客に酒食を提供するスタンド・バー形式のものから、多数のホステスを雇い、ボツクス席を設けて客の横にホステスをを座らせ、酒食を提供するクラブ形式のものがあり、本件同業者の中には程度はともかくとしてその両者が混交していること、本件同業者中概して特別経費率(特別経費は主として人件費)の高いもの(酒類仕入率の低いもの)はクラブ形式のもので、特別経費率の低いもの(酒類仕入率の高いもの)スタンド・バー形式のものであり、その間にかなりの格差があること(原判決別紙3の1ないし3参照)、大阪国税職員が本件同業者中従事者が六名以上で主としてボツクス席を利用して営業している者を調査したところ、E、F、J(但し、昭和五五年分はE、Jのみ)が上つたが、その特別経費率の平均は昭和五三年五四・七二パーセント、昭和五四年五三・八一パーセント、昭和五五年五一パーセントで本件同業者の平均昭和五三年四一・四六パーセント、昭和五四年四一・六四パーセント、昭和五五年四〇・二六パーセントを大きく上回つており、また酒類仕入率の平均は昭和五三年六・五パーセント、昭和五四年六・五九パーセント、昭和五五年七・二七パーセントで本件同業者の平均昭和五三年九・五一パーセント、昭和五四年六七パーセント、昭和五五年一〇・一八パーセントなり下回つており(以上原判決別紙3の1ないし3参照)、際立つた傾向を示していることが認められ、他にこれに反する証拠はない。

ところで、推計課税は実額をは握する資料がない場合に間接的な資料により実際の所得に近似した数値を算出しようとするものであるから、具体的事案に応じ最も真実の所得に近似した数値を算出し得る推計方法を選択すべきである。

そこで、本件についてこれをみると、控訴人の業態は前記認定のとおりクラブ形式のものであるが、本件同業者の業態はクラブ形式のものとスタンド・バー形式のものとが混交しており、被控訴人が推計の基準として捉える経費率はその両者間で対照をなしているのであるから本件同業者のうち控訴人の業態に類似したクラブ形式の営業者を類型としては握できれば、それによつて得られる数値を基礎に推計する方が本件同業者率を用いて推計するよりも控訴人の真実の所得に一層近似した数値を得ることができる。

そこで、この点について検討すると、前記認定のE、F、J(但し、昭和五五年はE、Jのみ)は控訴人と業態規模共類似したものであるところ、右の者らは控訴人の事務所に近接した祇園甲部、乙部及び木屋町附近でスナツク又はスタンド・バーを営む者の中から被控訴人の主張に副う者として抽出した本件同業者中、更に従業員数が六人以上で主としてボツクス席を利用して営業している者(クラブ形式の営業者)として抽出したものであるから、その抽出過程に合理性があり、内容も客観性があると認められるから、右の者らは比準同業者とするに値するものといえる。

したがつて、本件においては控訴人の所得金額は被控訴人の主位的主張である本件同業者率により推計するよりも、予備的主張であるE、F、J(但し、昭和五五年はE、Jのみ)を比準同業者とした同業者率により推計する方がより合理性を増すものというべきである。

そして、推計の方法としては、証拠上確認し得る(当事者間に争いのない)酒類仕入額をもとに、右E、F、J(但し、昭和五五はE、Jのみ)の平均酒類仕入率、売上原価、一般経費率及び特別経費率を適用して推計するのが相当である(右の平均酒類仕入率、売上原価・一般経費率および特別経費率は別表三のとおり。)。

なお、控訴人は酒類の仕入金額と売上金額との間に相関関係がない旨主張するが、控訴人のような酒類を客に提供して収益を挙げることを業とする料理飲食業者に対し、同業者率を適用して推計課税する場合は、酒類の仕入金額と売上金額との間に相関関係があるものとして捉え得る。

また、控訴人は、同業者の税理士報酬が一般経費でなく、特別経費に算入されているのは正確でない旨主張するが、右報酬がいずれの経費に計上されたかによつて控訴人の所得金額の算出につき影響を及ぼすものではない。

3 控訴人の所得金額について

前記控訴人の本件係争年分の酒類仕入金額を基礎として、E、F、J(但し、昭和五五年はE、Jのみ)の同業者率を適用して、控訴人の本件係争年分の所得金額を計算すると別表三記載のとおりになることは、計数上明らかである。これを、本件処分の事業所得金額と対比すると後者は前者の範囲内にある。

年分 裁判所の認定額(円) 本件処分金額(円)

昭和五三年分 四六六万五八九八円 二七九万八一二二円

昭和五四年分 四二七万七三四七円 二七九万七一九一円

昭和五五年分 三九三万〇二七五円 三一八万四三二五円

なお、控訴人は、経営者たる控訴人が本件係争年当時である昭和五四三月二日及び昭和五五年六月二〇日に出産し、本件係争年中は殆ど店に出ることができなかつた特殊事情があるから、右推計は不当である旨主張し、成立に争いのない甲第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第三号証、原審及び当審における控訴本人の尋問の結果によれば控訴人主張のとおりの出産のあつたことが認められるところ、仮に控訴人がそのためその主張のように本件係争年中は殆ど店に出られなかつたとしても、右推計は酒類の仕入れ金額から売上金額を推計し、所得金額を算出しているのであるから客入りの減少(売上げの減少)は当然酒類の仕入金額の減少となつているのであつて、その結果は推計にあらわれており、その間特にそのために経費が通常の場合よりも余分にかかつたことにつき控訴人の具体的な主張、立証はないので、右主張は採用し難い。」

二  よつて、原判決は結論において相当であつて、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担については同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣木重喜 裁判官 長谷喜仁 裁判官 吉川義春)

別表一

酒類仕入率の低い同業者6件に係る所得の酒類仕入倍数の状況

〈省略〉

別表二の一

所得の酒類仕入倍数(昭和53年分)

〈省略〉

(注) 記号欄の※印は、原審で除外されたものであり、★印は、別件野村喜久枝事件において採用したものである。

別表二の二

所得の酒類仕入倍数(昭和54年分)

〈省略〉

(注) 記号欄の※印は、原審で除外されたものであり、★印は、別件野村喜久枝事件において採用したものである。

別表二の三

所得の酒類仕入倍数(昭和55年分)

〈省略〉

(注) 記号欄の※印は、原審で除外されたものであり、★印は、別件野村喜久枝事件において採用したものである。

別表三

〈省略〉

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